(3/3) ルーフネット 森田喜晴
復元のためのイラスト
…わが大船鉾もかつては簡素であった屋根を江戸時代末期に豪華に作り直しています。ところが、その形状についてはいくつかの説があります。まず、幸野楳嶺描くところの大船鉾は妻入の入母屋破風(むくり屋根のようです)の左右と後ろに軒唐破風を設け、前部に唐破風 (と思われる)を差し出しています。現存の船鉾が入母屋平入であるのに対してこれは妻入です。ぜひ船鉾の写真と見比べてみてください。それに対し、昭和7 年に描かれた表紙右下の掛け軸では、前後の向唐破風を跨ぐように中央(帥殿部)に切妻破風を置く、という構造です。
さらに、幕末~明治に描かれた個人蔵の屏風でも中央の屋根(帥殿部)が切妻造となっています。この屏風は各山鉾の意匠が精緻正確に描かれているため、信憑性が高いとも考えられます。(幕類衣装だけでなく、函谷鉾のみ稚児人形で描ききっているなど正確無比な点が多い)他方参考として文化11年の「増補祇園御霊会細記」に「二重屋根唐破風銅瓦。屋形組天井柱六本」とありこれをどう見るかは見解のわかれるところです。
(大船鉾考証 屋根の意匠2012年1月14日)
四条通りから四条町に帰町する大舟鉾。
(写真は大舟鉾保存会・西山治朗氏提供)
この写真で良くわかるが、屋形の屋根はピカピカだが、屋根以外は白木のままだ。ここに漆や飾り金物が必要でこれからの課題だ。保存会はさらに「来年(2015年)は、綴れ織りの前懸けが出来上がります。再来年は龍頭を舳先に着けるべく準備を開始致しております」。と意欲満々だ。
屋根に係わるものとしては、大船鉾の完全復活に少しでも協力して、屋根屋の存在をアピールしたいものである。
*公益財団法人 四条町大船鉾保存会では
大船鉾復興の寄付を募っています。
http://www.ofunehoko.jp/donate/