No.51
(1/1) ルーフネット 森田喜晴
京都府京都文化博物館(旧日本銀行京都支店)は1903年(明治36年)9月着工、1906年(同39年)6月に竣工した。設計は東京駅などを設計した明治時代を代表する建築家、辰野金吾と弟子の永野宇平次。建物の外観は煉瓦造、2階建、一部地下1階、スレート(粘板岩)・銅板葺。南面が建物の正面になり、狭い三条通に面して左右対称で、赤煉瓦に白い花崗岩を装飾的に配し、屋根はスレートと銅板葺きで、いわゆる辰野様式の建築だ。
1969年(昭和44)国重要文化財に指定。解説板によると、煉瓦は大阪窯業会社、花崗岩は京都府亀岡市の小金岐産、岡山県笠岡市の北木島産、屋根のスレートは宮城県登米市の登米産、客溜りの大理石は岐阜県大垣市の赤坂産と、国内の材料を最大限使用している。
戦時中の金属供出で撤去されていたシャンデリアとブラケットは、戦後になってから保存されていた写真を参考に復元された。昭和55年(1980年)、知事の諮問機関の京都府文化懇談会の提言により、総事業費82億1000万円、昭和63年(1988年)10月に博物館別館として開館した。さらに2005年(平成17)にリニューアル工事が施され、現在では日本の歴史や文化を紹介するための総合施設「京都府京都文化博物館」として、展覧会等に使われている。内部には展示施設の他、中庭にテラスを持つカフェやミュージアムショップがある。
このカフェは本館と別館をつなぐ中庭にある。テラスのイスに座って見上げる建物裏面の景色が楽しい。樋や銅錺の装飾は狭い表通りの雑踏から見上げる時とは違った、表情を見せる。
現在の日本銀行京都支店は木屋町二条で営業しているのだが、最初の日本銀行京都出張所は1894年(明治27)4月に東洞院通御池上ルに開設された。その後1906年(明治39)現地に新築移転され、また1911年(同44)には出張所から支店に昇格。銀行は1965年(昭和40)河原町二条に移転し、建物の方は1967年(昭和42)から古代學協会所有となり、翌年「平安博物館」として開館した。
1969年(同44)3月に国の重要文化財に指定される。
1986年(同61)4月に京都府に寄贈され、修理・復元の後、1988年(同63)10月に博物館別館として公開された。
2005年(平成17)5月には、リニューアル工事が実施された。
中庭のカフェテラスから見上げる
館内に展示されている模型
京都文化博物館は三条高倉にあるが、この付近には明治時代にできた近代遺産とも言うべき建物が残っていて、博物館見学後も周囲を散策すると懐かしくなる建物があちこちにある。
建物の意匠は19世紀後半のイギリスの建築によく使われた様式で、両翼には塔屋が付き、屋根には通気塔・ドーマー窓などを設けて変化に富んでいる。内部には日銀時代の大きな吹き抜けの間があり、カウンターのスクリーンや壁面の装飾、さらに天井の仕上げや装飾など、当時の雰囲気をよく表わしている。建物の背後には別棟の金庫があり、渡廊下でつながっており、金庫棟は煉瓦造、一階建、桟瓦葺。
アクセス:
〒604-8183 京都市中京区三条高倉
TEL (075)222-0888
地下鉄「烏丸御池駅」下車出口5 番下車 東へ
徒歩3 分。月曜休館。