No.34

「長崎くんち」の銅屋根神社 諏訪神社(長崎県)

(1/1) ルーフネット 森田喜晴

長崎の著名建築、社寺仏閣というと、グラバー邸や国宝の崇福寺、大浦天主堂などだが、銅屋根クロニクルとしてのお勧めは諏訪神社である。有名な長野の諏訪大社ではなく、長崎の「鎮西大社 諏訪神社」の銅屋根だ。鎮西とは九州の意。743~745年、大宰府を鎮西府と称したことからいう。社殿の屋根はすべて銅板葺きである。
長崎は、戦国時代にイエズス会の教会領となった際、かつて長崎市内に祀(まつ)られていた諏訪・森崎・住吉の三社は、焼かれたり壊されて無くなってしまった。それらを寛永2年(1625)に初代宮司青木賢清が、西山郷円山(現在の松森神社の地)に再興、長崎の産土神としたのが始まりとされる。

諏訪神社

本殿から石の間、拝殿へ複雑に重なる屋根を雨が打つ。濡れた銅屋根は樹齢6~700年の楠が生い茂る諏訪の杜に見事に溶け込む。

左…大門 中…拝殿:明治2年に再建された社殿を残し、それを増築する手法にて昭和58年に増改築された。

右…本殿

シンプルなおしゃれアンコウ。 細やかな樋の落ち葉除け

鎮西大社 諏訪神社:〒850-0006 長崎市上西山町18番15号  電話:095-824-0445 FAX:095-821-9377 路面電車「諏訪神社前」電停で下車、地下道で神社の参道へ。長崎の氏神である「諏訪神社」の秋季大祭が「長崎くんち」。

長坂と呼ばれる坂を上り切り、鳥居をくぐると、階段の上に銅板葺きの大門がそびえる。

諏訪神社の顔というべき大門(同神社HP)の左は鼓楼(ころう)、右側に手水舎(ちょうずしゃ、てみずしゃ、ともいう)。いずれも銅板葺き。そして拝殿に至る。

寛永2年の青木宮司による再興ののち慶安元年(1648)には徳川幕府より朱印地を得て、現在地に「鎮西無比の荘厳な社殿」(同神社HP)が造営された。安政4年(1857)の火災で社殿のほとんどを焼失したが、孝明天皇(明治天皇の父)の命により、明治2年(1869)に約十年の歳月をかけて以前に勝る社殿が再建された。さらに、昭和59年の鎮座360年祭、平成6年の370年祭を記念して、二度の造営を経て現在の社殿が完成した。

本殿の位置から長崎の街を見下ろす。

本殿は安政4年に火災にて焼失したが、明治2年に再建。昭和57年の改修工事で桧皮から銅板への葺き替えを行い、現在に至っている。