No.18

三嶋大社(静岡)

(1/1) ルーフネット 森田喜晴

創建の時期は不明。三島市内中央に位置し、鬱蒼とした森に囲まれている。奈良・平安時代の古書にも記録が残り、三嶋神は東海随一の神格と考えられ、平安時代中期「延喜の制」では、「名神大」に列格され、社名・神名の「三嶋」は、地名ともなった。祭神は大山祇命[おおやまつみのみこと:山森農産の守護神]、積羽八重事代主神[つみはやえことしろぬしのかみ:俗に恵比寿様。福徳の神]。二神を総じて三嶋大明神[みしまだいみょうじん]と称する。

三嶋大社

白御影石の大鳥居をくぐり、「有馬さんの盲人灯籠」、「たたり石」池の中央の厳島神社などを左右に見ながら進む。正面に見えるのは東西に翼廊(よくろう)を持つ総門である。

源頼朝が、源氏再興を祈願し、これが成功したことから、多くの社領神宝を寄せた。本殿は平成12年に重要文化財指定。 鎌倉幕府以来、造営修復記録が残っているが、江戸幕府3代将軍・徳川家光による寛永期の造営で大規模な社殿が整えられた。しかし嘉永7年(安政元年、1854年)に発生した安政東海地震によってほとんどは倒壊したため、社殿は幕末の慶応4年(1868年)にかけて再建された。その後は、大正12年(1923年)の関東大震災、昭和5年(1930年)の北伊豆地震による被害の修復を昭和10年に終え、ほぼ現状に至る。

総門を抜けると右手に宝物館。左手には大きな桜 の古木越に社務所棟が見える。

総門、回廊:木造素木入母屋造り。 屋根は本瓦棒銅板葺き。

事務棟の唐破風。さらに向かいの宝物殿の屋根も約3年前に銅板の一文字葺きで葺き直された。

芸能殿:嘉永7年の東海大地震からの復興に際して、総門として築造。その後現在の総門が完成したため、昭和25年移築改造し、舞などの芸能を奉納する場として利用されている。この屋根も銅板一文字葺きで社務所と同じ時期に葺き替え。

牛石、頼朝の腰かけ石、の先に手水舎(てみずしゃ)が見える。
東西に翼廊を持つ唐破風造りの神門をくぐれば、樹齢1200年の巨大なキンモクセイ(天然記念物)。そして正面に千鳥破風の舞殿が現れる。

神門:木造素木入母屋造り銅板本瓦棒葺き。

舞殿:木造素木入母屋造り銅板本瓦棒葺き。

手水舎 建造物としては小さいため、どの寺社でも、屋根部分が目立つ。何か凝縮されたような充実感を感じる。木造素木入母屋造り銅板本瓦棒葺き。

舞殿から御殿を望む

舞殿の左右に末社・摂社が並ぶ。その奥に重要文化財の拝殿、弊殿、本殿の棟が連なった豪壮な御殿が建つ。

御殿
奥から本殿:総欅素木造り 三間社流造り 本瓦棒銅板葺き
中央弊殿:総欅素木造り 両下造 本瓦棒銅板葺き
手前拝殿:総欅素木造り 入母屋造り平入り 本瓦棒銅板葺き

弊殿:左の本殿と右の拝殿の間に(下)に屋根が見える。この本殿と拝殿を接合する建物部位を幣殿(へいでん)という。祭典などでは参列者が控える場所となる

拝殿の鳥衾(とりぶすま)。
蓑甲や鬼の仕上げも美しい。

三嶋大社の建造物の中でも、平成12年に重要文化財指定を受けた本殿(ほんでん)・幣殿(へいでん)・拝殿(はいでん)。高さ16メートルに及び、東海地域の古建築社殿としては最大級。拝殿をはじめ舞殿(ぶでん)・神門(しんもん)等に、欅(けやき)材を用いた装飾用の優れた彫刻が施されている。彫刻は、名工小沢半兵衛・小沢希道親子とその門弟のほか、後藤芳冶良らによるもので、社殿彫刻としては高い完成度と美術的価値をもつ。