No.102
(1/1) ルーフネット 森田喜晴
今回は前回紹介した摩訶不思議な銅屋根茶室の詳細です。
藤森の建築家としてのデビューは遅く、1991年に設計した神長官守矢史料館である。78代当主・守矢早苗と藤森が幼馴染みという縁で、茅野市役所が藤森に設計依頼を持ちかけたという。守矢氏(もりやし)は信濃国諏訪郡(現在の長野県諏訪地域)を発祥とする地祇系の氏族で、代々諏訪大社上社の神長官(じんちょうかん)を務めてきた社家。神長官守矢史料館から、あぜ道を10分ほど歩くと出現するのが、これらのミニマル建築と舟である。
茶室「空飛ぶ泥舟」
神長官守矢史料館の奥の畑を、標識に沿って上っていくと、2011年に茅野市美術館での藤森照信展で設計・制作・展示後に移築された茶室「空飛ぶ泥舟」が浮かんでいる。足下の畑から青空をバックに見上げると本当に空を飛んでいるように見える。
始めはその形状に驚き、歓声をあげながらあちこちから眺めまわすのだが、やがてその特徴的な素材や収まりのユニークさにため息をつく。手でたたいて曲げた銅板の屋根、泥を塗った船底、ジブリ風の煙突や窓。
木造の茶室は、長さ2.7m、幅1.8m、高さ2m、重さ600キロ。底部に2本のワイヤを通し、両脇に立てた支柱につるされている。地上から床までは約3.4m。 乗船定員は7人だ。最初はクジラのイメージだったのだが、「作っているうちにフグになってしまった」という。2010年に茅野市美術館で開催された同氏の企画展のワークショップで、一般の参加者とともに制作した。屋根の銅板は地元の小学生たちと一緒にたたいて、デコボコを作ったそうだ。

原始力飛行船泥船号

ワイヤー固定ボルトにも銅の水切り

高過庵(たかすぎあん)

茶室「高過庵」
少し下って、左に回り込んであぜ道を歩くと、別の茶室「高過庵」がある。地上6mの2本の木の上に建てられており、アメリカのTime誌に「世界でもっとも危険な建物トップ10」に選ばれている(1位はピサの斜塔)。細川元首相の茶室を設計した藤森照信氏が、個人的に茶室が欲しくなって実家の畑に建てたものという。
茶室「低過庵」
2017年には、「高過庵」の横に、半分土に埋まった「地面の下の茶室」の「低過庵」も建てられた。屋根の上半分が、レールに沿ってスライドし、土中の茶室の屋根は全開。天井は諏訪の空だ。
藤森は、「茶室学」(六輝社2012年発刊)で「素材の自然性」に触れている。
〇土、石、木、草、樹皮、紙といった自然由来の材料を使う。それも自然本来の不均質や偶然や風化を生かして使う。しかし、屋根を茅や樹皮で葺くとコストが高くなりすぎるから、自然素材と合う銅板を使う。
〇銅板はほかの金属板とちがい、人の手作業での対応可能で、銅板を手で曲げ重ね葺きすると、樹皮葺きに通ずる味わい深さが生まれる。また工業製品とちがい風化の過程が味わい深い。
〇同じ工業製品でもより近代的な製品ほど人は風化を汚いと思うらしく、銅より鉄が、鉄よりプラスチックが汚い。波板トタンが風化して錆びた状態は一般的には嫌われるが、銅板に次ぐ美しさを覚えるときが稀にあり試してみたいが、 発注者のことを考えると踏み切れないでいる

低過庵(ひくすぎあん)


2019年秋より、内部は非公開だったこれらの茶室の内覧イベントが"ちの観光まちづくり推進機構"「ちの旅」主催でスタートした。『フジモリ茶室』プレミアムガイドちの旅。ところが、コロナで休止、最近再開したのだが、すぐに予約満了している。
茶室「五庵」
歴史家としての膨大な知識に裏付けされた「どこにもない」建築が藤森作品の魅力。
新国立競技場の斜向かいに建つ茶室「五庵」は、これまで藤森が数多く作ってきた茶室の最新作。ここでも屋根は銅板だ。2021東京オリンピック関連施設である茶室の仕上げ材は銅板、焼き杉、漆喰で工学院大学大内田史郎ゼミが協力している。
